夫が「定年」を現実のものとして考えるようになった頃、かなりの割合で口にする言葉が「生まれ故郷に帰りたい」である。東京や大阪の大学を卒業し、そのまま就職したものの、定年を迎えたら故郷の実家に戻りたい。年老いた両親の暮らしぶりが心配なこともあるだろうが、人生に対する焦燥感や都会生活への幻滅が根底にあるのかもしれない。心やさしい奥さまのなかには、「そこまで言うなら、この人の夢をかなえさせてあげたい」と考える人もいらっしゃる。
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しかし多くの場合、それはホンネではない。夫の夢のためについて行こうとけなげな覚悟をしただけだ。はっきり「イヤよ」と拒否する妻もいる。「そんなに帰りたいなら、アナタだけ帰れば?」と言い出す妻だっている。しかし、それを簡単に「女房のわがまま」と決め付けるのはどうだろう。妻たちがなぜUターンやUターンをいやがるのかを考えてみよう。三十数年、場合によっては四十年以上も会社に通い続けた夫たちにとって、主たる生活の場は会社だった。価値観もアイデンティティも組織に属していた。それを定年とともに奪われて右往左往する人もいるわけだが、とにもかくにも夫の日常生活は定年によって大きな節目を迎えることになる。