20世紀に入ると、世界一の工業国となったアメリカは、その経済力を背景に、国際政治上でも積極外交を展開していきます。例えば、海軍力の充実とあわせて、強引に進められたパナマ運河の完成と永久租借権の確保(1914年)、ドルの力を背景としたラテン・アメリカ諸国に対するアメリカ化政策などがとくに目立ちました。ペリー来航以来、50年間の日米は、概ね友好関係が続きました。しかし、1904年の日露戦争で日本がロシアを破り、世界の大国の地位を築きはじめると、アメリカにとっては、日本がロシアに代って“対中門戸開放政策”の脅威となり、日本の大陸進出をいかにして抑えるかが重要な課題になってきました。そして、第二次世界大戦を迎えるのです。
生産地から消費地まで、いかに速く効率的にモノを運ぶか一生産者も流通業者も、膨大になった物流費の削減に頭を痛めています。自動車工場の門の前には、部品を積んだトラックが列をなしています。決められた時間に、指定された部品を、その日の生産に必要な分だけ届けるのが運転手さんの仕事です。かんばん方式とも、ジャスト・イン・タイムとも呼ばれるこのやり方が定着して、自動車メーカーは部品の在庫を抱えなくても済むようになり、経営効率はよくなりました。街のコンビニエンス・ストアーにも、配送のクルマが1日に何回もやってきます。ここにも在庫を収容する大きなスペースはありません。できたての弁当やおにぎりを少しずつ、1日に5回も6回も運んできてもらう店さえあります。
先進国では、賃金の高騰にともなうコスト高で競争力が低下することがあるが、賃金の安い外国に工場をつくれば、「安い労働力」を確保できるためコストの低減が可能になる。あるいは、国内では誰もがもっているような製品(自動車やパソコンなど)を、その国だけで売ろうと思ってもなかなか売れない。しかし、途上国の経済が成長し裕福になれば、それまでは高価で買うことができなかった製品を買ってくれるようになる。つまり、経済のグローバル化のメリットは、先進国と途上国が互いに足りないものを埋め合いながら、自国の経済を発展させられることにあるのだ。そのいっぽうで、経済のグローバル化には負の側面も存在する。ノーベル賞を受賞したアメリカの経済学者スティグリッツは、1991年から2000年のあいだで世界全体の収入が年平均2・5%伸びたにもかかわらず、貧困層の数は約1億人増えたと、著書『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』のなかで述べている。